渡邊穣のブログ

おもにヴァイオリンに関する事, 時々その他

初期教育に起因する問題点 (2)

「その左手では将来弾けなくなりますよ」

私は大学生の時にザルツブルグでシャンドール・ヴェーグのレッスンを受けたことがあります。その時に次のように言われました。
「今は若いからその左手のフォームでも弾けるでしょう。そのまま練習をしてコンクールに入賞するのも可能です。しかし、年を取ったら弾けなくなりますよ。今のうちに直した方が良いでしょう。日本人は、なぜかほとんどの人がそのフォームですね。」と指摘されたのです。
私はこの指摘を、そうかなと思いつつも疑い、無視していました。
その時は普通に弾けていたから直す必要性を感じませんでしたし、言われた通りのフォームにすると、とても弾きにくかったからです。

それから数年の時を経て、ティボール・ヴァルガのレッスンを受けるようになり、彼から言われました。
「名演奏家のXXXさんは晩年になって弾けなくなったけど、その原因は左手のフォームだ。君も同じフォームだ。そのフォームを直さない限り、私は君のレッスンをしないよ。多くの日本人がそのフォームで弾いてる。」
私の左手のフォームは、彼にとって典型的な日本人のものだったようです。

それから私は努力して直しました。直さないとレッスンを受けられませんでしたからね。仕事をしていたので直るのに3年を要しました。彼はその間もレッスンをしてくれましたけどね。

彼の言う左手のフォームは理にかなっています。
しかし、私がするレッスンでは、弟子に左手のフォームについては障害の原因になっている場合に指摘はしますが、無理強いはしません。
なぜなら、左手のフォームを変えると一時期、自由に弾けなくなるからです。
当然、学校の試験とか頻繁にある人は直す時間をとるのが難しいのです。
すでにある程度完成している人は、必要性を感じないということもあります。
(年を取るまで感じないでしょう。)

ところが、その左手のフォームの指摘を私のお弟子さんにしたところ、その一週間後のレッスンに来た時、コロッと直してきた弟子がいました。私は驚いて
「どうやって直したの、無理してない?」と尋ねました。
「別に無理してません、直すように言われたので直しました。」
とコロッと答えるのです。私は3年かかったのに!
実は、そのお弟子さんは左利きでした。それほど違うんですね。
(そのお弟子さんが留学から帰ってきました。今後の活躍を期待してます。)

では、どのようなフォームがダメだと言われたのかを、大まかに説明しましょう。
左手親指の第一関節付近 (爪に一番近い関節)、もしくはそれより先の親指の腹でネックに接している状態です。
親指が人差し指の第三関節に接近している状態は更に問題です。

私がそうであったように、上記のようなフォームでも、練習によってなんらかの解決方法を見つけて弾けるようになるのです。ソリストにもこのようなフォームの人は結構います。
聴衆は音を聴いているのであって、フォームを見ているのではないので、その点では問題がありません。

そもそも、弦を押さえるという動作は、手を握るという動作と同じ筋肉をつかっています。当たり前ですね。
皆さんは握力計を握ったことはありますか? その際にレバーを親指のどの部分に置くでしょうか。
親指の先に置くほど不利だということが分かりますね。
ヴァイオリンの弦を上から押す力は親指で受けています。
親指の先の方で受けると、親指の筋肉の負担は倍増し、腱鞘炎になりやすくなり、筋肉は劣化します。

ヴァイオリンを習い始めたころのことを思い出してみてください。
まず開放弦を弾くことから始まります。次に第一指を押さえ、ラシラシと弾きます。
どの教則本でも似たようなものでしょう。
次に第二指、第三指の順番で押さえる指が増えて、曲が弾けるようになります。
小指を押さえる事になった時点で最初の困難な壁にぶちあたるのです。皆さん経験ありますよね。

実は、最初に人差し指を押さえる時点に、その後の左手の型を決める重大な要因があります。
親指と人差し指で何かを掴む、摘む、という動作をする時には、この両方の指先は必ず向き合うのが自然な動作です。ヴァイオリンに置き換えてみましょう。
ヴァイオリンを初めて弾く人が、第一指でH音を押さえた時の型は、親指と人差し指の根本でネックを挟み、その上から人差し指を押さえる形になります。この形になるのは人間として自然な形です。
親指と人差し指でネックを挟んだ部分が起点となるので、小指を押さえることになった時には "小指を伸ばす"という感覚になります。
ほとんどの教則本には、ある時点で小指で押さえるE線のC音が出てきます。この時に"小指を伸ばす"ことに皆さんは苦労したはずです。

次の技術的な壁は、ヴィブラートを入れる指示をされた時ではないでしょうか。
それまでにはほぼ見逃され、無視されていた"三点支持" (親指と人差し指の付け根でネックを挟み、弦を押さえること) を"二点指示"に変えなければ、ヴィブラートを入れることがでません。
この時、なんとかしなければいけないので、左手はパニック状態になります。
多くの人が取る解決方法で悪癖とも言える方法は、ネックの下に親指を移動させる方法です。
さすがにこのフォームを注意する先生は多いでしょう。
注意されて次の解決策は、弦を押さえる力を左肩と顎に分散させる方法です。
小学4年生以上になるとこの方法を取る人が多いように思います。これも悪癖となります。

ここで、話は本題です。ティボール・ヴァルガ が言っていた事を書きます。
「昔は現在のように様々な大きさの分数楽器はなかった。」
「体の大きさに合った分数楽器を使うことは功罪共にある。」
「小さい楽器を使わないメリットは1.stポジションから練習できないことだ。」
つまり、大きな楽器を使うと左手が届かないので、左手は楽器本体の肩の部分に置くことになります。
これによって指を開くために小指などを高音の方に伸ばすのではなく、人差し指を低音のほうに下げるという感覚が身につきます。
当然、弦を押さえる4本の指に対しての親指は、違った位置感覚が最初に身につきます。
ヴァルガは世の教則本を肯定していませんでした。
教則本なんて使うな、私は使わない。」と言っていました。

彼は、実際にどの大きさの楽器を使うべきかということには言及しませんでした。
でも、私が彼のレッスンを受けていた頃に、10才位の女の子がキャンピングカーに寝泊まりしつつレッスンを受けていました。その家族に聞いたところ、1/8の分数楽器で始めたそうです。
その時は、そろそろ3/4に変えようか、それとも4/4にしようかと悩んでいました、本人ではなく親の方が悩んでいたのです。悩んでいたことは、目先のコンクールで入賞することを選ぶか、将来のことを考えて選ぶか、ということでした。結局、小さめのフルサイズに決めたようでした。
が、コンクールにもその後すぐに優勝しました。

ちなみに、レオポルト・モーツァルトの序の部分にも「大きな楽器で習い始めるべきだ。」と書いてあります。
何歳位の子を想定して言っているのかは分かりませんが、ヴォルフガングに与えた教育を考えると現在と変わらないのでしょうね。

さて、二人の先生が共通して指摘した左手の型。なぜ、「日本人に多い」と言ったのでしょうか。
その原因は何でしょうか。
分数ヴァイオリンを世界中に誰でも買えるように広めたのは日本のメーカーです。

分数楽器に関しては一般常識からは外れていると思われるので、ここまでです。